被告人が,隣人らを骨すき包丁で突き刺すなどして,7名を殺害し,1名に重傷を負わせた後,母親が現住する自宅にガソリンを撒いて放火し,これを全焼させたという事案で,最高裁は,鑑定意見中,「被告人が,妄想性障害により,その判断能力に著しい程度の障害を受けていたとする部分については,…これを採用し得ない合理的な事情が認められ,これと同様の判断を示した上で被告人に完全責任能力を認めた原判決の結論は,当裁判所も是認することができる」として,被告人に完全責任能力を認め死刑を言い渡した第1審の認定を相当とした控訴審の結論を支持し,上告を棄却しました。
最二判平20.4.25は,「生物学的要素およびそれが心理学的要素に与えた影響に関して専門家たる精神医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には,これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り,裁判所は,鑑定人の意見を十分に尊重すべきである」と判示しましたが,本判決は,①被告人が幼少期から短気で些細なことに興奮しやすい性格であること,②本件犯行の数年前に比較的大きなトラブルを起こしており,被告人の性格や長年の確執を考慮すれば,殺意が抱かれるのは十分了解可能であること,③実際に隣人トラブルがあり,被告人が隣人等から疎まれ,警戒されていたのは事実であって,被告人の妄想は,現実とかけ離れた虚構の出来事を内容とするものではないこと,④犯行時の被告人の行動は,合目的的で一貫しており,犯行時の記憶に大きな欠落はみられないこと,⑤被告人が,口論の相手方になった隣人ではなく,日ごろ恨みを抱いていた被害者らを襲ったのは,彼らに逃げられてはならないとの思いによるものであるが,これには特段の異常性はみられないこと等を指摘し,被告人の行動が「合目的的で首尾一貫しており,犯行の動機も,現実の出来事に起因した了解可能なものである。被告人が犯行当時爆発的な興奮状態にあったことをうかがわせる事情も存しない」から,妄想性障害のために被害者意識が過度となり,怨念を強くしたことはあっても,「同障害が本件犯行に与えた影響はその限度にとどまる」として,「合理的な事情」を認めました。
本判決の是非はともかく,責任能力判断については,まだまだ検討しなければならない点が多分に残されており,裁判所といえども,専門家の鑑定意見に対する謙虚な姿勢を忘れてはならないように思います。(末原)
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